その2:2011/01/23〜2011/02/23

2010年の年末・三が日限定で書いた、ひとりごとの頁が、正月終わっても続いていくのもいいかと、思いながら、作成。

なんか、今や、書籍「自炊」メモみたくなってきたが、それでいいやw

2011/01/23:頁が重くなってきたので、分割

過去記事を、その1:2010/12/24〜2011/01/22に移動。

記事分量的に、だいたい一ヶ月ですな。一頁あたり。

ウィキリークス関係新書:「日本人が知らないウィキリークス」

昨夜8時からニコニコ動画で生放送されていたMIAUの『徹底解説!私的録画補償金(*1)』番組を観ていたら、ニコニコ市場のリンクに「日本人が知らないウィキリークス」という新書のamazonリンク宣伝が載っていたのでクリック。洋泉社新書。まだ発売されていないので予約した。

まずは、│第7章│ 主権の溶解の時代に──ウィキリークスは革命か? 〈白井 聡〉

という章を読みたかったからだ。同章の2節に「カリフォルニアン・イデオロギーの政治的帰結」というのがあって、この問題と、八田真行氏が書いている第4章の「ウィキリークスを支えた技術と思想」が気に掛かる。

ウィキリークスの「活動」の特徴は、従来のジャーナリズム的「リーク」問題や社会の「内部告発」問題一般としてはなかなか捉えられなくて、「ハッカー文化」の一帰結であると想定され、白井・八田両氏が、それをどのように論じているのか、期待しつつ本の到着を待つ。

古本価格が高いと、裁断するのをやめようかと思うチキンなわたし

(財団法人)日本離島センターというのがあって、1000以上の日本の「島」(有人、無人)についての地図付百科事典ともいうべき「SHIMADAS」という本を出している。

no title


1000頁以上の大冊。100円玉を貼り付けて写真をとったので、厚さのメジャーにしてください。

2004年版をもっていて、時々、趣味的に眺めている(*2)。日本はホントに島が多いのだ。

重くて腱鞘炎にかかるので、裁断−>自炊しようか思い、とりあえず新版がでているかどうか検索したところ、この2004年版が最新のもの。品切れになっていて、改訂版刊行は予定しているみたいだが時期は未定らしい


amazon古本価格で1万円程度の値がついている(買った当時、新刊で3000円のお買い得だったのだ)。

というわけで、少し、びびりまして、裁断するのをやめましたよ。チキンです。

刊行予定というセンターの説明に反して、この手のものは、今後、紙の書籍ででる可能性は少ないんじゃないだろうかなあ。

DRM(*3)付の電子書籍で十分のような気がする。

「自炊」と著作権

昨日夜に「昨夜8時からニコニコ動画で生放送されていたMIAUの『徹底解説!私的録画補償金』という番組を観ていた」と書いたが、録画問題について、同じ日配信のvideonews.comのニュースコメンタリーで、「まねきTV」著作権侵害訴訟の最高裁判決が話題になっていた。http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001645.php。「まねきTV」とは一言で言えば、ユーザーが、観たいテレビ放送を、任意のハウジング・サービスに自分の機材を置き、自分で操作をすることで、その放送番組をストリーミングとして観ることが出来るというシステムである。ハウジング会社には、もちろんお金を払う。

一審、二審はユーザ側勝訴だったが、今回の最高裁は、NHK・民放側勝訴となった(*4)。

この「放送」の「個人アウトソーシング」に関する判決は、「書籍」の「アウトソーシング」ついても影響をあたえると思われる。書籍の「自炊」業者問題である

一般的に言って書籍の「自炊」業という場合は、個人が実際の「操作」まで行う「まねきTV」のケースと違い、業者がその操作を代行する(ユーザが自分の本を業者に送り、自炊=書籍デジタル化を行う)ため、問題の構造が違っているが、個人と「コンテンツ」の間の「情報変換」に関わりサービス会社が介在しているという点において、は同じであるからだ。

業者も、この業務が、著作権法に抵触して訴えられるかも知れないという点について自覚している部分がある。

たとえば、左は、「本スキャン」というサイトのFAQ頁の抜粋。

no title


さらに、もっと著作権法からの「逃れ」を意識したBOOKSCANサイトの記述。



わたし自身は、そのような代行業が出てくるのはワカルし、それで助かる人もいるだろうと思う。

もちろん「灰色」の業種であることは確かだ。しかし、一網打尽的に殲滅されず昔の「レンタルレコード」業界的な決着がつくと思ってる。

個人的には「自炊代行」は、「灰色」だし、コスト高だし、制限が多いし(表紙がダメとか)、裁断済みの本をホントに破棄するのか(過渡期業態ゆえに)という点において「信用」できないので、使おうとはおもわない。

ところで、このような「自炊代行」と、「裁断済み書籍」を業者が用意して、客がそれを使うことで客寄せしようとしている「自炊の森」のような商売は別である。

「裁断済み書籍」の利用がたとえ無料だとしても、これは「灰色」ではなくて、いまの時点で「黒色」確定だろう。如何なる意味でも、困っている人を助ける商売などではない。videonews.comのコメンタリーでは、コメンターの神保・宮台両氏が、「自炊代行」と「自炊の森」的業態をいっしょくたにしていた。

なおvidenews.comと同じく「自炊代行」一般と「自炊の森」の業態をいっしょくたにした題名をもつ産経新聞の1/20付け記事(「書籍電子化 自炊代行業者にNO! 著作権侵害? 出版社が対抗策」)によると、

日本電子出版協会の三瓶徹事務局長は「年間8万点近い本が刊行されるなか、電子書籍はまだ一部。本と同時に電子書籍も出さなければ、違法行為はなくならない。読者に便利な環境を提供しなければ」と話している。

とのことだ。ポジショントークが含まれるとはいえ、その三瓶氏の認識は正しいと思う。新刊ですら電子書籍がほとんど存在しない日本の書物流通状況はどう考えても遅れているのだ。問題の本質はここにあるのであって「自炊代行問題」などは過渡的なお話なのである。


Rock in Golden Ageというオヤジ雑誌

昨日Book Offで一冊105円で購入した雑誌は数年前に講談社が出していたムック雑誌Rock in Golden Ageというシリーズのうち14冊分。全部で30冊あるらしいが、持ち主はvol1-13までと、番号が飛んでvol.18をBook Offに売ったようだ。だいたいこの手のやつって途中で買うのやめちゃうんだよね。




ビートルズ、ローリングストーンズ、ディランをはじめ60年代から70年代のミュージシャンの写真が欲しかったので、とりあえず全部「自炊」した。

この雑誌は当然「オヤジ」が買うだろうというつくりになっていて、その証拠に裏表紙の全面広告が、若者向けではないのですな。

第10巻を例に出せば、1971年の特集なので、左の表紙がエルトン・ジョン。エルトンがGoodbye Yellow Brick Roadを出した年だ。

二枚目が、その前の年に死んだジャニス・ジョップリンの最後のアルバム「パール」のデジタルリマスター版の広告。こういうリマスター商売で、イタイケなわたしのようなものからお金を吸い上げるのである。

左から三枚目の星条旗のパンツを履いているお姉さんは、誰かわかりません。写真クレジットがWally McNameeとなっているので、かのアーカイブからの一枚っぽい。

右の上はジョニミッチェル。綺麗だね。

で、右の裏表紙(右下)がスイスの高級時計メーカーORISの全面広告。


なんかねw。


今日の「自炊」




20110124:今日の「自炊」



20110125:今日の「自炊」


20110126:なにもなし

時間だけ過ぎ去る、アル意味忙しい日。

実は日韓戦を深夜に見たために、ちょっと仕事が食い込み、完全寝不足で日中を過ごし、あとは帰って爆睡しただけの日。



20110127:今日の「自炊」



20110128:今日の「自炊」



20110129:今日の「自炊」


20110130:今日の「自炊」


20110131:今日の「自炊」




20110204:今日の「自炊」

なんか忙しいが、忙しがっているだけかもしれない。

四日ぶりの書き込み、「自炊」

なごむために、食い物本を主に「自炊」してみた。

今までやってなかったこのジャンルの自炊を当分やろうかな。


田川建三先生の本を自炊するということ

わたしには、一度もあったことのない「先生」がいる。

学生時代に著作に触れ、なにか、迷ったときにその人の書いたものを読んでは「反省」する。この人の著作(*5)に出会わなかったら、読書を一生の糧にはしなかったろうと思う。

聖書(新約聖書)学者の田川建三氏。

田川さんの書かれるものは手に入る限り購入し、読んできた。今回<意を決して>、一部自炊(電子化)することにした。

時間をかけて、手持ちの本を裁断し、電子化するわけだから、今後「利用」しないだろう本であるとか、今後「再読」しないであろう本は、「自炊」はしない。おかげで、自宅の本棚は、次第に不必要な本(それだって、突然、「必要な本」になるかもしれないけれど)の置き場になってきた(仕事場のほうはほとんど手つかず)。

しかし、常にくりかえし読むような(大切な)本や「原資料」にちかいものは、「自炊」せずに紙の書物のまま残しておくことにしている。裁断にかかるのは「中間」の資料がおおい。

ただ、くりかえし読む本も書棚に埋もれなかなか見つからないときがある。

というわけで、年に何回かは読み返す田川さんの「宗教とは何か」と「イエスという男」を、今日自炊することにした。裁断した紙はそのままゴミ箱に行くのだが、今後はiPadで、これを読むことにする。

とはいえ、田川さんのライフワーク、刊行中の田川訳「新約聖書」は、さすがに裁断する勇気はないので、本棚に埋もれないように目に付くところに置いておこうと思う。

現在、「マルコ」「マタイ」「パウロ(および疑似パウロ)」は刊行済みで、どうやら2月末に「ルカ」が出るようだ。また夏には「使徒行伝」が出版予定。これで3福音書+パウロ書簡+使徒行伝が揃う。

後は、ヨハネ福音書、公同書簡、ヘブライ書、黙示録がここ3年以内に出版予定である。健康に気をつけられて、我々読者を今後も鼓舞してほしいと思う。

別にわたしは「クリスチャン」ではないが、田川さんに導かれて「聖書」というものに日本語で触れることが出来ているという意味においては「クリスチャン」である。

今後の予定

この「雑記」は、2010年度秋ー冬頃に必要となったインナーサークルの情報提供頁を書いているときに、ふと「魔が差して」作り始めた。本来の頁の役目はそろそろ時期的にも終わりに近づいているのだけどれ、この「雑記」については事務的な覚え書きとして結構居心地がいいので、今後も続けていく予定。本来の頁は消えるかもしれませんが、この雑記頁は残りますので、続けて時々は閲覧してやっても良いという人は、ブックマークにでも登録しておいてみてください。


20110206:今日の「自炊」

3日分



20110207:今日の「自炊」



『"自炊"と電子書籍』 MIAU Presents ネットの羅針盤

ニコニコで昨日放送された『"自炊"と電子書籍』 MIAU Presents ネットの羅針盤のタイムシフトを見た。

司会:津田 大介、ゲスト:赤松 健(漫画家、Jコミ代表取締役社長)、福井 健策(弁護士)、植村 八潮(東京電機大学出版局)、西田宗千佳(家電ジャーナリスト)

「自炊」に関して勉強になった(福井健策氏の解説)。今日はもう寝るけど、明日にでも簡単に論点メモを書きたい。

20110208:今日の「自炊」



20110209:『"自炊"と電子書籍』論点メモ

「自炊」と著作権法の関係についての福井氏の議論の要点は次のようである

  • いわゆる自炊代行業は、著作権法30条における「著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。」の法的解釈において、この私的使用のための「複製」を行う「使用する者が複製」(当事者)ではないので、違法的である。
  • これに対して「自炊の森」は、単に裁断された自炊の森備え付けの書籍を、使用する者が自分で複製するので、合法的な理解も可能である。

わたしは1月23日付け記事<「自炊」と著作権>にて、これと逆のことを書いたのだが、法律家からすれば、こうなるらしい。

じゃあ福井氏の論点を受容するのかということであるが、受容できない。わたしは法律実務家ではないが、一法律家の意見を鵜呑みにするような人生は生きてない。むしろ、上の「法律的」議論は実際の「自炊」をめぐる価値判断からいって妥当性に欠けていないかと考えている。

じつは上のMIAUの場でも、この福井氏の整理に対して、司会者の津田氏がわたしと同じ方向で少し突っ込みをいれていた。

津田氏の要点は

<自炊代行業>の場合、自分が保有する著作物を私的利用複製するためのサポートにしかすぎない。

代行業利用者は、著作権法の本来的主旨たる著作権者権利を侵害していない。あるいは、元本を購入することによってその著作権者に対してリスペクトをはらっている。

その通りだと思う。

「紙の書籍」を捨てて「電子の書籍」を保有したい。それだけのことだ。

はたしてそれが、著作権法30条の例外規定の「親」規定になる同21条の著作権者の「複製権」(*6)を侵害しているのであろうか?

この津田氏の意見に対する福井氏の反駁は、

  • 現在はそう(いう「良心的利用者」が多い)かもしれないが、この業態を合法と認めてしまうと、裁断された書籍が裁断本マーケットに流通するような事態が考えられ、それを利用した複製の連鎖が生じるので危険である。
  • いままでも、同じような(たとえば音楽CDの複製)代行業が存在しなかったのは、そもそも、このような代行業務が違法だと認識されていたからだ。

しかしこの議論には、無理がなかろうか。

裁断本の「闇」マーケットを助長するという前者の理由について考えれば、代行依頼した使用者との契約書レベルで、複製を目的とした裁断本は破棄するということをとりきめれば処理できる、と言えるのでないか(*7)、

後者の音楽CD複製についても、そんなことまでして、自分のCDをコンパクト化したいというような<まとも>な利用者などほとんどいないことは容易に想像出来るではないか。

たとえば福井氏も書籍の「自炊」は行っているようだが、自分のCDを音源だけ抜き出すために、CDケースからCDだけを取出し、代行複製後にそのCDは業者が廃棄する、というような「代行業」に複製依頼をするだろうか、等。

ようするに、現在の「自炊代行」は、手持ちの処理したい書籍がたくさんあり、収納スペースをコンパクトにしたいとか、「積ん読」から脱出したい、とかいう実はとてもマイナーなニーズ故に存在する業態であり、今後の「裁断本巨大ブラックマーケット」を想定して、この<普通の利用の仕方>を否定するというのは利用実態にあわないのである。

で、個人的には、このマイナーなニーズに応えることのみを行う業態を認める規制の多い法律をつくっちゃえば、いいんじゃないの、と思ってしまう。代行に出す書籍に固有のスタンプを貼る、業者は破棄確認書類を作成するのを義務づける、つくられた電子ファイルはDRM対応義務づけることすらOK。

当然コストは跳ね上がるがこれでも代行業に頼むやつは頼むだろう。わたしも頼むかもしれない。

もちろんこれが商売になるかどうかは別だ。以前の記事で<自炊代行>は過渡的業態にしかすぎない、と書いたのは、要するに、このようなニーズに応えるような商売は十分な商売にならないほどニッチな話なので、そこに目くじらたてることもあるまい、という風に考えているからだ。

福井氏自身も、「ネット世論」が<自炊代行業>に対しては容認的で、<自炊の森>には否定的であったことを指摘し、それと(法律家としての)自分の意見は違っている、と言っている。

これは「世論」のほうが、ある種健全な「著作権」思想を持っていると言えないだろうか。

法律が実態と会わない場合でも、法律の言葉によって解釈・運用しなければならない実務家の苦労もわかるのだが、<代行業>が違法に近く、<自炊の森>が合法に近いという、実感からは乖離した判定は、どうも納得出来るものではない(*8)

20110209:今日の「自炊」



20110211:今日の「自炊」



20110214:今日の「自炊」



20110215:今日の「自炊」




20110221:今日の「自炊」

えらく久しぶりの更新。

なんやかんやで、先週は忙しかった。




20110222:今日の「自炊」

辞典類に手をつけはじめた。情報学事典は2002年、図書館情報学ハンドブックは1999。この情報学系の事典はドッグイヤーによって、ある意味歴史的資料になりつつある。

scansnapを同時二台でやっているので自炊速度は1.5倍ぐらいになっている。



*1: 聴いたことの無い人は、とりあえずwikiの私的録音録画補償金制度

*2: 宮本常一の著述を読むときにはちょっとマジメに項目を引く

*3: FSF的に言えばDRightsMではなくてDRestrictionsMということになるが

*4: この問題については3年前に書かれた小寺信良氏のhttp://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0703/05/news007.htmlが基本整理として読みやすい

*5: 最初に読んだのは、「歴史的類比の思想」。この本には本当に衝撃をうけた。

*6: 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する

*7: 裁断されたあきらかに自炊を目的とした書籍を、従来の「古本」とどう区別するか、あるいは区別していいのか、という論点は残るが。

*8: なお、福井氏の自炊の森=合法かもしれない論も、理解がなかなかできなかった。自炊の森が書籍に課金をせず、備え付け裁断済み書籍を複写した場合の複写装置利用料をとるだけ、というのが<抜け穴>になっているという解釈らしいが、その備え付け書籍の利用は、自炊の森が仮に<図書館である>と考えた場合にかろうじての妥当性をもつかもしれない、という程度の問題でしかないのではないか?

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